日産の資材とパーツの購買費は少なく見積つても年間三兆円をはるかに超えるだろう。
その中で鉄鋼薄板が占める割合いを考えれば、イヤでも応でも手をつけずにはすまされない。
それは単に「失うものより得るもののほうが大きければよい」という発想ではない。
あるいは「乾いたタオルを絞りに絞る」という考え方でもない。
すべては日産の高コスト体質に対し、いかに根本からメスを入れていくか、徹底的に討議を重ねた結果から焙り出された数字であり、話し合えば理解してもらえる理論のもとではじき出された数字でもあった。
単に思いつきでキリのよい数字をかかげたわけではない。
日産が……というより、他メーカーにしても日産と大差はない。
それが証拠に、日産の業績に復調の兆しが見え始めたとたん、自動車各社はこぞって購買コストの引き下げ目標額を発表している。
シビアなことで知られるトヨタにして、社長の張富士夫が次のようなことを新聞に述べている。
「うちがすぐに鉄鋼各社の納入比率を変える考えはないが、ゴーンさんがやったことは大いに考えさせられるものがある」と。
日本人とフランス人とではそんなにも違うのかというものでもない。
欧米が日本より合理性にまさるという一般論はある。
しかし、ルノーだって「あれは国営企業か。
従業員ひとりひとり、みんな公務員気取りじゃないか」と言われた会社である。
まるで「フランス株式会社」そのもののような会社であった。
現に過去において何回も経営危機に陥り、四四%の大株主であるフランス政府の頭を悩ませ続けたお荷物会社であった。
その原因は官僚体質の甘さがあっただけではなく、あらゆるところに高コスト体質が露呈していたのである。
そういうルノーの「破壊と再生」をやってのけるのはこの男しかないと、シュバイツア会長が目をつけたのがカルロスーゴーンである。
ちなみにシュバイツアは高級官僚出身のエリートだが、世界じゅうの人びとが医療の伝道師と仰ぐシュバイツア博士の甥にあたり、高名な哲学者ジャンーポールーサルトルとは従兄弟の関係と毛並みもよく、その経営手腕はすこぶる評価が高い。
そのシュバイツアが「きみが抜けるとルノーとしても痛い。
しかし日産が復活すれば、ルノーにとって得るものが山ほどある。
日産にはルノーに欠けているものがいっぱいある。なんとか立ち直らせてほしい。きみならできる」そう言って送り出したのである。
手土産ではなく結納金としてシュバイツアは六四〇〇億円を用意したが、それにはフランス政府の後ろ盾があった。
くどいようだが会社の業績悪化の原因は、洋の東西を問わず似たようなものだ。
ゴーンの冷徹で毅然としたやり方について、「外国人だからこそあれだけのことができるのだ」という見方もいっぽうにあるが、必ずしもそれは当たっていない。
やはり彼は稀にみる異能の持ち主だとみるべきだろう。
脱・甘えともたれ合いの構図日産が鋼板の調達について見直したことによる波紋は、産業界の中では大きな話題となって広かった。
取引額の多さや古くからの慣行が崩れたという点からみても、けっしてI段記事ですむような問題ではない。
しかしそれ以上に大きな社会問題をよび起こし、各方面で生じた他の摩擦のほうが日産にとってはよほど難儀であったろう。
一つは工場閉鎖が地域経済と雇用市場に与える悪影響であり、もう一つが系列取引きの破壊による下請企業の淘汰である。
NKKや住友金属が日産から仕入れをカットされたり打ち切られたからといって、会社の屋台骨まで揺らぐわけではない。
だが系列下請企業の場合はそんな生易しい話ではすまされない。
大黒柱が折れるどころか、へ夕をすれば会社そのものが潰れてしまうわけだ。
日産から受注が途絶えたら、それは生命維持装置を取り外されたに等しく、「死ね」と見限られるのとなんら変わらない。
従来の日産には取引先会社がどれくらいあったかというと、実に一一四五社あった。
それをNRPの目標では九九年から二〇〇二年までの三年間に、約半分の六〇〇社に絞り込もうというのだから、日産依存度の高い企業が震憾しないわけはない。
一一四五社という購買取引先には、大は新日鉄や日立に始まり、小は家業の町工場までピンからキリまである。
これらのほかにさらに二次、三次と下請けがある。
なにしろ現代はなんらかのかたちで就労者十人のうち一人は「車ヘン」のついた職業に関係していると言われる時代である。
それだからこそ日産が公表したNRPの内容を見て、多くの関係者が顔面蒼白になったのも無理はない。
しかしゴーンの真意は六〇〇社以外は死んでくれと言っているのではない。
これまでのように間口ばかり広げていると、日産としても高いコストを払わざるを得なくなる。
それを放置しておけば日産の復活は望むべくもない。
「日産がよみがえるかどうか、それはサプライヤーの皆さん方が私共の要望にご協力して下さるかどうかにかかっています。
ここではっきり申しあげますが、調達先が一一四五社というのは多すぎます。
私共はこれを二〇〇二年までに六〇〇社に絞りたいのです。
ご無理も申しあげることになりますが、間口を半分にすることだけでもコスト削減につながります。
なぜなら、日産についていこうと言ってご協力下さる会社は、必ず取引量がふえてくるからです。
その点は今からお約束することができます。
日産は生産量を減らすどころか、近い将来にはふやしていきたいと考えているのです」これは九九年十月、品川の新高輪プリンスホテルに集まった内外のサプライヤー約五〇〇社の首脳を前に、ゴーンが熱っぽく語った言葉である。
この言葉のウラににじんでいる内容を読み取ると、中には死刑宣告を言い渡されたような気持ちで聞いた者がいるかもしれない。
「私の要望についてこられないなら去って行ってもらってかまわない。
私はなんとか頑張って協力しようではないかと言ってくれる六〇〇社に、これまでの二倍ちかい分量を発注していきたい。
その結果がコスト低減につながるのは理の当然である」つまりゴーンはサプライヤーたちに競争を促したかったのだと思われる。
持ちつ持たれつ、という日本固有の系列取引には、甘えやもたれ合い、中にはぶら下がるものまであるのではないか。
日産もそれをわかってはいたけれど、口先で言うだけで実行できなかったというのが実態ではなかったかゴーンなら、それくらいのことがわからないはずはない。
彼は形骸化が目立つ日本の系列ビジネスに風穴をあけることは、日産再生のために避けて通れないと強い意志でのぞんだのである。
トヨタこそ日本的経営の成功例日産を取り巻く系列取引の実態像は、そのまま他のメーカーにも当てはめることができる。
取引先企業数が多いか少ないかは別にして、持ちつ持たれつ、互いに「あうんの呼吸」でやっている点では他社も日産と似たり寄ったりだろう。
乾いたタオルを絞りに絞るといわれたトヨタにしても、はたして実態はどうであっただろうか。
トヨタがとび抜けて高収益をあげている要因の一つに、下請けいじめがあるという風評はずいぶん以前からある。
ところがトヨタ系のデンソー(旧・日本電装)が、本田に対し同じような部品を、トヨタの納入価格よりも安く売っていたことが話題になったことがある。
ガセネタかと思ったが、格調高いことで知られる経済誌までがこれを取り上げた。
デンソーといえばトヨタ本体の部品部が分離独立してできた会社だが、年間売上局が二兆一五〇億円(二〇〇一年三月期決算)と、中堅の自動車メーカーでもかなわないほどのスーパーサプライヤーである。

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